ジブンゴト大学4-1 レポート「ALS患者になって思うこと」

yoshio siraishi

2022年6月11日

第4期ジブンゴト大学が始まりました!第4期1回目の「ALS患者になって思うこと」の参加者レポートです。

【第4期:ジブンゴト大学#01】
5月11日(水)20時〜22時
■テーマ
「ALS患者になって思うこと」

障害者支援分野の専門家として長く活動し、障害者が少しでも社会に溶け込めるようにと尽力してきた河原あゆみさん。2020年ご自身が障害者となり、人生は一変したといいます。そんな河原さんから、障害当事者になって思うこと、ALSとともに生きることなど、ご自身の人生を振り返りながらお話を伺います。

■ゲストプロフィール
河原あゆみ(かわらあゆみ)氏
神奈川県在住、クリスチャン。2020年12月に筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断が確定。現在は身障手帳2級、要介護3、障害区分4で在宅療養生活中、両親との3人暮らし。かつては国際協力の分野に携わり、1994年の青年海外協力隊タイ派遣から始まり、タイに5年、シリアに2年、ミャンマーに2年、インドネシアに3年暮らした経験を持つ。帰国後2015年から5年間、岩手県野田村役場で震災復興支援員として被災者支援を担当。その後、神奈川の実家に戻り、横浜市教育委員会にスクールソーシャルワーカーとして勤務するも、ALS発症により2021年3月退職。専門分野は特別ニーズ教育、障害分野、社会福祉など。


【当日のレポート】
参加者21名
まず冒頭ZOOM参加者のうち、カメラオンで自己紹介可能な方が順番に「お名前・どこから・その日にあった印象に残ってること」を一言ずつ話していきました。(もちろん、耳だけの人もOK)
北海道から沖縄、エジプトカイロからの参加もあり、多種多様で広域なオンラインイベントとなりました。

その後、河原あゆみさんがご自身の体験やいま考えておられることなどをお話してくださりました。(内容は下記を参照ください。)

河原さんの講話後に、4つのグループに分かれて、それぞれが思ったことなどを語り合う時間を15分持ち、各グループで話されたことを共有するワークショップが開催されました。
閉会後は、残れる人だけが任意で40分ほどの語り場を持ちました。河原さんは最後まで参加されていました。

■河原さんの講話サマリー

2020年12月にASL発症。
2018年に階段から落ちて、捻挫だと思っていたものが神経の病気だと判明した。
運動神経が壊れて、筋肉が萎縮する進行性の病気で進み方は千差万別。

私の場合は、右足から左、手の持久力がなくなっている。
全身に広がり、食べ物が食べられなくなり、呼吸も自力でできなくなる。
昔から世界中にあり突然かかる。
発症後の生存は3〜5年と言われるが、死因は「餓死」と「呼吸不全」
最近は、餓死は防げるようになり、呼吸も人工呼吸できるようになった。

ただ気管切開すると喋れなくなる。分離手術をすることによって、声帯が使えなくなる。
コミュニケーションは、透明の文字盤、口文字、パソコンなどで、一文字ずつ紡いでいく方法がある。

死ぬことを選ぶことが多い病気である。日本で7割、世界でも多い。なぜ死を選ぶのか?

家族の人生を台無しにする、だったら死んだほうがマシというのが多い。
表現できる場がない、本当は生きたいんじゃないの?って思う。
家族もどうしたいか聞けない、家族も背負えない、怖くて聞けない。
みんな本当の気持ちを話せていないのではないか?

安心できる介護体制、大丈夫だよ、ちゃんといるよって。

せっかくチャンスがあるなら、生きて欲しいと思っている。
病気について知ってもらって、全ての人が生きていけるような、足掛かりをつくりたい。
それがこの会への参加動機にもなっている。

なぜ自分は死ぬ選択をしなかったか。

子供たちや、障害のある人たちの出会い、筋ジストロフィーの児童などみていたので、状況はしっていた。
その出会ってきた経験があったから、(嘘っぽく聞こえるかもしれないけど)動揺がなかった。今後のことはわからないが、今はない。
病院でも不思議がられた。

障害があっても前向きに明るくしてる尊敬できる友だちがいっぱいいた。
この経験が、障害があっても工夫して、助けてもらって生きていく姿を見て、自分のなかでスタンダードになっていた。

みんな死ぬのに、方法、経緯がちがうだけ
なのに、死と向き合う時を迎えたときに動揺する。

クリスチャンで信仰があったため安心感もあった。
乗り越えられるだろうと思えた。

歩けないし、走れない。治らないこともわかった。
スクールソーシャルワークしていたが、移動に制限があるため失職した。
海外への赴任も諦めざるを得ない。という点では、人生は変わった。
両親の介護もできない、むしろ逆。そういう思ったことと真逆の状況になった。けど、しょうかないですよね。

健常者と障害者で、遠慮とか、傷つけちゃうんじゃないか、とか。
ALSということを隠す、個人情報、不利益を被る、隠したい人が多いかもしれないけど、
隠すと演じなきゃいけなくなり、苦しくなる。

どんどん時間がなくなる。

車椅子が3台ある。
家用の人力のもの、段差を乗り越えられるパワーのある重いもの(50kg)、車で買い物するための軽いもの(28kg)

例えばそれらを用意するために、介護の申請、障害年金の申請、失業保険、などなど自分で動けるうちにやるべきことが多く、時間がどんどんなくなっていく。

スロープ作って、窓から出れるようにした。
しかし、普通の障害と違って進行するので、いまの対策が先には効かなくなり、どんどん変えていかないといけない。ポータブルのトイレもいつまで使えるかわからないけど、とりあえず必要。

工夫して解決することで、ワクワク感が味わえる。
人との出会い、看護師さんやいろいろサポートしてくれる人たち。

明日から1ヶ月入院する。

病院、外来、介護に来ている人たちの出会いが、本当によかった。
障害者と見えない溝を感じていた。いまは同じ立場に立つ。追体験できた。
自分が当事者になったので、望んでたことが実現したと思っている。
(嫌味ではなく)

絶望・落ち込み、何年もかかる人がいる。
でも、今が一番いい状態。今のうちに。動きやすい時に、喋りたい、会いたい、食べたいときにやったほうがいい。

なぜ自分がそうならなかったか。
重度の障害者と、長い時間接していたためだと思っている。
障害者は外に出ていかなければいけない。ほかの人に見てもらう、接することが重要。

日本では分けて過ごすことが多い。
分ける教育は「効率」しかない。最初が別れるから、お互いチャンスを奪われてしまう。
障害者のためではなく効率のため。新しい教育をつくる必要がある。
自分は障害者になってよかった。

よくみると、みんな同じ。
障害なくても、健常者もいろいろありますよね?

海外にいってたこともよかった。
コミュニケーション能力を身につけられた。
言葉を話せなくても、なんとか生活してたことで、言葉を失ってもなんとかなると思える。
喋れても、コミュニケーションが取れるとも限らない。
未知の世界を楽しむという価値観、ワクワクを感じられること。

迷ったらやってみる、失敗も振り返れば成長
リハビリはリスクなくできない。歩こうとすると転んで怪我をする。

2番目、3番目はあきらめる。取捨選択する
みんな平等。人の価値には関係ない。

貴重な時間をいただきまして、ありがとうございました。

(以上、河原さんのおはなしを要約しました)


■レポーター所感(担当:シライシヨシオ)
障害者支援をしていた時には、経験や立場の違いから非支援者とわかりあうことの難しさを感じていたという河原さん。自身が障害者となり、ある意味で望みが叶ったと、柔らかい口調で語られたことに、なんとも言えない感情を抱きました。強さというより柔軟さというのでしょうか。
経験したことのない想像を超えるエピソードを自然体で語られる姿に衝撃を受けながらも、聴講者もまたそれぞれの現況と重ねて思いを語り、学びと共感の溢れる素晴らしい場と時間を共有できました。

個人的な一番の気づきは、障害者を分けた社会は、健常者の可能性を狭めている、共に豊かさを失うことにあると感じたことです。

イベントの最後に「貴重な時間をありがとうございました。」と挨拶をされたことが、穏やかにではありますが、とても心に響きました。

以上です。

※障害者の表記について: いろいろな表記や考え方がありますが、表面的な表現が必ずしも重要なことではないという河原さんのお言葉に共感し、この場では「障害」と表記を統一させていただきました。